2006年 01月 14日 ( 1 )

塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読んでいて、なるほど・・・と思ったことがあります。

古代ローマでは、ローマ市民や元老院が、広大な帝国を治めるのに相応しい人間だと認めた人が皇帝になります。何を持って相応しいとするかというと、軍隊の指揮能力、政治能力、そして血統です。3つすべて無ければいけないわけではなく、総合的に見て「この人なら」という納得感があれば皇帝に推され承認されます。

血統というと、最近の平等主義からすると「そんな前時代的な・・・」と眉をひそめられそうですが、血統が絶え、能力だけで皇帝を決めなきゃいけない曲面になると、ローマ帝国は必ず内戦になっています。国民としては不幸このうえないことです。

我々が受けた教育では、権力の世襲は「悪」とは言わないまでも、遅れた政治体制だと習いました。しかし、権力闘争によるエネルギーの浪費を避け、政策の継続性も保たれるという長所もあります。

そういう合理的な部分でなくても、血統の要素は、非常に人間の本質を反映しているやり方のように思えます。
努力じゃどうにもならない存在がある・・・ということは、諦めがつきやすく自分を納得させるのにラクなんですよね。もちろんそれには危険性もあって、それを利用されると戦前の日本のようなことになってしまうので、妄信するのは禁物です。
ほどほどに付き合うのがよさそうです。


さて、最近の血統の話題というと、天皇家の男系維持の問題です。

私個人としては、長年維持してきた伝統は守ったほうが神秘性があって、国民も精神衛生上良いのではないかと思います。守ってこその伝統だし、伝統あっての皇室ですからね。

しかし現実的には、難しいようです。実際に男系を守ろうとすると、宮家を増やして天皇にする、愛子さんに宮家の許婚を作る、側室を持つ・・・などの対策が挙げられますが、どれももめるでしょうねえ。人権も自由もあったものじゃありません。人間天皇になった時点で、男系天皇を継続することはいつかできなくなる運命だったのかもしれません。

それともうひとつ。
血統以外に、国民の象徴としての「能力」に現在のところ著しく欠ける雅子妃の行動も、男系維持派を刺激しているように思えてなりません。
いくら病気だと言われても、公務はできないけれど、スキーや海外旅行には行ける・・・という姿は、正直キツイっす。雅子妃が健康で、公務も甲斐甲斐しく勤めていてくれたら、ここまでもめなかったかもしれない・・・と思うのは私だけでしょうか。

血統に能力・・・上に立つ人はタイヘンです。
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