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坂東眞砂子氏の子猫殺しの話。
週刊朝日によると、怒っている人が多いようです。
ネットで検索してみたら、有名な「きっこのブログ」でも散々な書かれ方をしてました。

でも、田舎で物心ついたときから家の中に猫がいる環境で育った私としては、坂東氏の話は至極まっとうな話で、そうだよなあ・・・という感想を持ちました。

猫を育ててる人は、普通猫が可愛くて可愛くて仕方が無いはずなんですよね。

避妊手術をするのも、生まれてすぐの目が開かない子猫を捨てるのも、その人の住んでる環境に応じた、生き物を飼うことに対する責任の取り方に過ぎないと思うんですよ。

生まれた命を処分するのはけしからん!という人もいますが、私は人間と獣を同じ価値観でくくるのは間違っていると思います。

人間と獣は違います。
獣の気持ちなんて人間にはわかりません。それを人間の尺度で、猫の避妊は正しくて、目の開いてない子猫を処分することが悪だと断じることは、不遜な感じがします。

実家で飼ってた猫はよく子どもを生みました。
発情して子どもを生んで母親らしくなる猫を見てると、生を謳歌しているように見えたものです。

ペットを避妊するなんて風習がなかったころは、猫を飼う資格があるのは、子猫の間引きの辛さを耐えることができる家だけでした。
そういう根性の無いバカは、捨てられずにぼやぼやしてるうちに可愛い盛りを迎えてしまった5匹も6匹もいる猫を、竹薮に置き去りにして捨てたりするんですよ。たいがい車にはねられるか、野犬に食われるか、飢えて死んじゃいます。かわいそすぎます。

そんなことをする家は、田舎じゃ、迷惑な家族として糾弾されますから、絶対しません。動物を飼うことに対して覚悟の無い町方のヤツラが田舎の竹薮に捨てに来たものです。

昔の田舎の家では、子猫が生まれたら目が開かないうちに1匹残して、あとは川に捨てて処分します。一匹残すのは、全部捨てると親猫が子猫を探しまわったあげく、またすぐ発情して、衰弱しちゃうからです。また、子猫が1匹なら貰い手を探せますからね。

そういうふうに猫と接して生きてきましたから、今のこの猫殺しへの抗議というものが、なんか変な感じがします。不遜な人間からの価値観の押し付けのような感じ。

命は大切にしなきゃならないことは正しいですが、命至上主義はちょっと危険な気がします。

きっこのブログの作者は、ペットの避妊は簡単だといいましたが、田舎で車も持たずに一人暮らしをしているおばあちゃんにとっては簡単なことじゃないと思います。都会人の独りよがりな意見にしかみえません。

また、繰り返しになりますが、どういう状態がペットの幸せかは、獣の心がわからない以上、結局は善良な飼い主のポリシーの問題だと思います。

きっこのブログの作者は、坂東氏を「きちがい」とまで言い切りました。
なんだか、猫を大切にしている田舎の自分の親まで、そのような呼ばれ方をされたようで、非常に非常に不愉快な気持ちになりました。
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